DF31 ファン ウェルメスケルケン 際
12歳のときの経験が自分を変えた
シビアな環境でプレーしたいと決意
- 際選手はお父様がオランダ人で、お母様が日本人でいらっしゃるんですよね。
- はい。僕はオランダで生まれて2歳で日本に来たので、オランダに住んでいた記憶はほとんどないんですけど。
- 日本でサッカーを始めてヴァンフォーレ甲府の下部組織に所属されて。ただ、高校卒業時の進路の選択に驚かされたんですが、自らオランダのいろんなサッカークラブに履歴書を送られたと。
- 当初は大学を経由してプロ入りすることを考えていたんです。でも大学受験をしている最中に、オランダに行ってプレーしたいという気持ちが自分の中で固まったんです。
- どういうことでしょう?
- 12歳の時に、生まれた国であるオランダに家族と観光で2週間行ったんです。そこでほぼ毎日、現地のサッカークラブの練習に参加させてもらったんですね。その時にやっぱり憧れを抱いて。シビアな環境の中でやってる選手たちを見て自分もあの中でやりたい、ああいうところに行きたいなと。18歳で進路を考えた時、今行かなかったら多分一生外の世界には出ていけない、という感覚があって。「あ、今行かないと将来後悔する!」って勝手に自分の中で思って決めました。
- 12歳の時の思いが、6年間ずっと心のどこかにあった?
- どこかにというか、要所要所ではっきりとありました。あの時あいつらはああいうことやってたよね、あいつらはこういう環境でやってたなというのが自分の物差しとしていつもありましたね。
- 2週間という時間が本当に大きかった。
- もう全然変わりました。あの経験があったかなかったかでは、その後の6年間の過ごし方が全く違ったと思いますし、本当に行って良かったと思います。当時、観光の時間が取れなくて両親には申し訳なかったんですがありがたかったです。
- その時のことを含め、海外での経験はやはり特別なものですか。
-
対外国人に…僕の場合は対オランダ人ですが、自分を全部さらけ出さなければいけないんですよね。あっちの人は、お前どこから来たんだ?何が好きなんだ?今ここで何をしてるんだ?ってもうずっと話しかけてくるんですよ。僕は初めに行った2週間ではその時に「俺はこういう人間だ」っていうのが主張できなくて。
できなかったからこそ、18歳の時に「今行って、そういう場で裸の自分をさらけ出していかないと人として一皮剥けないんじゃないか」という感覚が自分の中にありました。「自分はこういう人間なんだ」ということを知る機会としては面白いんじゃないかなと思います。 - オランダでサッカー選手としての11年間を過ごし、今年は初のJリーグでのチャレンジです。ここまでいかがですか。
- チームメイトが本当に素晴らしい人たちなので充実しています。サッカー面で言えば、日本の中でもフロンターレ特有のもの…止める、蹴るの部分や、人がいても(ボールを)つけるなど細かいところはあまり海外ではないものなので、新しい価値観や新しいものを吸収できている実感があります。
- 逆にオランダでの経験をどう出していきたいと思われてますか。
- 海外からの情報は、日本には時間の誤差の中では入ってくるけど、その瞬間生まれた生の情報っていうのはあまり入ってこないと思うんですね。海外で経験してきたからこそ、そしてまだ自分にコネクションがあるからこそ、そういったものを発信しチームメイトに共有していきたいです。それはバフェ(バフェティンビ・ゴミス選手)もそうですけど、世界で実績のある選手が若い選手たちに自身の経験や、やるべきことを共有してる姿を見て、言葉を喋れる自分がやらなければいけない 役目の1つかなと思ってます。
今回、ファンウェルメスケルケン際選手の経歴をできるだけご紹介したいと思ったのですが無理でした!(笑)紹介したいポイントが多すぎて、全部箇条書きで書いても、この文字数の10倍はいっちゃいます(笑)。
今回は高校からオランダに渡った経緯を伺いましたが、英語もオランダ語も話せないまま 18歳でオランダに渡った際選手のそこからの物語は、順風満帆ではなく…「月に1万円で生活していた時もあった」という言葉があったことをご紹介しておきます。とはいえその後オランダで結果を出し、U-23日本代表にも選ばれ、今年フロンターレに逆輸入…短くまとめるとこんな感じですが、際選手について調べれば調べるほど、自分で道を切り拓いていくチカラについて考えさせられます。
ちなみに「際」というお名前には「国際的な子になってほしい」というお母様の思いが込められていたそう。まさに名は体を表す、ですね!