

GK98 山口 瑠伊
緊張感が自分を成長させてくれる
父のチャレンジ精神を受け継いだ
- 山口選手はお父様がフランス人でお母様が日本人。お父様が柔道が好きで、日本に来られたと伺いました。
- そうです。そして母と出会って、僕が生まれて。
- そして高校生の時に単身フランスへ渡られました。渡仏は自分で決められたのですか。
- もちろん家族とたくさん話をして、いろんな意見をいろんな人から頂いたんですけど、最終的には自分で決めました。海外でプレーしたいとずっと考えていたので、まだ若かったけどそれでも行きたいと。
- そのチャレンジ精神はやはりお父様の影響でしょうか?
- 多分そうだと思います。お父さんは柔道のために日本に来たし、それをそのまま受け継いだんじゃないですかね(笑)。
- 文武両道も渡仏の理由のひとつだったそうですが、フランスにはその環境が整っていたんですね。
- ヨーロッパのクラブでは、サッカー選手を育てながら勉強もおろそかにさせないという環境が出来てるんです。例えば、選手が学校に行かなくても先生が寮に来て授業してくれるとか。
- そして19歳で、スペインの4部相当のクラブでプロキャリアをスタートされた。
- はい、そこから3部、2部と上がっていった感じです。
- スペイン語はできたんですか?
- フランスの授業でスペイン語を習ってたんですけど、実際に行ったら全然通用しなくて。最初は一から言葉を覚えながらでしたね。
- 言葉もままならない10代の選手がチームメイトに認めてもらうのも大変じゃなかったですか?
- そこはそんなに辛い思いはなくて。自分が自分らしく普通にしていると、周りが絡んできてくれて…馴染みやすかったです。結局はピッチの上に立ったときに自分の仕事できるかできないかでいろんなことが変わるので、まずそこに集中して、生活面も徐々に整っていくという形でした。
- スペインの4部ぐらいのチームだとサッカーの環境は良くないイメージです。
- そうですね、3部でもまだまだで、クラブによって差はありますけど2部に上がってようやく整った環境でできるようになったな、という感じです。
- そういう環境の中で(FC東京の育成組織時代などで一緒だった)同年代の選手が活躍するニュースに触れると焦る気持ちもあったかと想像します。
- 焦りは出るんです。「あいつらもうトップチームでこんなに活躍してるんだ…俺はこれで大丈夫なのかな?」とか。でも全体的に振り返ってみると、やっぱり「自分はいい経験してる」と実感しながらやってこれたなと。よかったな、楽しかったなって思えます。
- その焦りを上回るくらいの、海外でチャレンジして得たものはなんでしょう?
- やっぱりメンタルの部分。今はプレッシャーがある中で仕事をすることが好きなんです。でも、最初に海外に行ったときはプレッシャーが1番嫌いだったんですよ。嫌いというか、怖くて苦手で。なのでメンタルは1番の得たものかなと。
- 海外でのプレッシャーは日本とは違うものですか?
-
まずはサポーターの圧力。あとはクラブ内での選手に対する判断。「結果が出ないとすぐクビにする」みたいな空気とか。だけどその緊張感が自分を成長させてくれると気づいてからは楽しめるようになりました。
正直言って本当に悪い環境の中でやってきたんで。例えばですけど、4部か3部のチームにいたときに、ホテルに泊めてもらいながらプレーする契約だったのに、クラブのお金の問題だかで急にホテルから追い出されたんですよ。で、自分の荷物全部持ちながら外に立って、え、どうすんの?って(笑)。そういう経験すると、何?このプレッシャー!って。これサッカーで成功しなかったらやばいじゃん、俺!ってなるんですよ(笑)。 - サバイバルですね。しかも日本に戻って来る前は半年間所属が決まらなかった時期もあった。
- はい、23、4歳のころですけど、ケガもあって1番きつい時期でしたね。時間がどんどん過ぎていってしまって。1日1日を大事にしなきゃと改めて感じましたし、今もその思いは大切にしています。
- そこからJ2で活躍されて、FC町田ゼルビアを経て今フロンターレで活躍されている。ご自身のキャリアについて改めてどう感じますか?
- すごい下から這い上がったみたいなイメージは自分でもあります。特に無所属の頃からすると今の状況は真逆、いいところに来れたなと実感していて。でも満足感は全くなくてむしろ「やっとここからだ」と感じているところです。
- 這い上がってこれた要因はなんだと思いますか?
- なんだろう(笑)?う~ん、自分が持っているもので戦う、というのはひとつの考えだと思いますけど、それ以上に成長しないと競争に勝っていけない、日々成長という考えを持ち続けられたからかな。成長する、うまくなりたいという気持ちが強かったおかげかなと思います。
- ここから目指すものを教えてください。
- まずはフロンターレで多くの試合に出て優勝したい。いまはそれが1番。個人としては活躍して、日本代表になることはひとつの目標です。

【山口瑠伊】1998年5月28日生まれ 東京都新宿区出身 GK クラブ公式プロフィール
2014年、FC東京の育成組織からフランスのユースチームへ移籍。2017年スペインのクラブとプロ契約し、3つのクラブでプレー。2022年J2の水戸ホーリーホックに加入すると正GKの座を掴み、2024年J1のFC町田ゼルビアに移籍、その年の夏にはフロンターレへの期限付き移籍が発表された。完全移籍となった今季はシーズン開始からゴールマウスに立ち続け、川崎の新守護神として存在感を高めている。2019年U−22日本代表。日本語、英語、仏語、西語を操るクァドリンガル。


山口選手の経歴について興味深く伺っていたら、原稿に入りきらなかったです。
FC東京のU-18に昇格した数ヶ月後の高校1年生での渡仏。その先のスペインでの環境を思えば、一見遠回りしてきたようにも感じますが、全てが今に繋がっているとお話されていました。GKとしての判断力、安心感を与える落ち着いたプレーは山口選手の武器のひとつですが、積み重ねた経験から身についたものかもしれません。
そしてお父様の愛する柔道にはもちろん山口選手も子どもの頃から親しんでいて、将来はオリンピックも目指せると期待された選手でもありました!サッカーとの両立が難しく柔道はやめてしまったものの、今も「続けたかった」と思うことがあるそうで、柔道観戦は楽しみのひとつ。なんなら「今からでもまた始めたい」という思いも持っているそうです。山口選手の柔道着姿も見てみたいです!